くさなぎ井戸端会
  子育ち・親育ち&発達障害啓蒙 

 

 

発達障害について

井戸端会の発足

 

第30回 くさなぎ井戸端会は・・・

 

【将来を見通した子育て】

  日 時 : 平成22年6月24日(木)10:00〜13:30

  場 所 : 長崎新田スポーツ広場(交流センター) 2階

         駐車場あり

  参加費 : 500円

     お子様ご同伴でどうぞ!

         昼食をご一緒できる方は、ランチをお持ち下さい。

      たくさんのご参加をお待ちしております。

 

くさなぎ井戸端会 活動内容

1〜2ヶ月に1度 座談会形式で、自由な雰囲気で話し合っています。
参加人数は毎回10〜20名程度、顔を合わせているうちにお友達になれますよ。
ちょっと気になる”ウチの子”の話や、お母さん自身のお話、先生との関わり方についてなど、話題は尽きません。さまざまな意見や情報を交換しています。
 

        

資料を使って、ちょっとした勉強会を開くこともあります。

 

 これまでの井戸端会 

    第27回 『見守るということ』

   第26回 『思わぬ行動』

    第25回 『子どもの興味、こだわり』

    第24回 『子どもへの心配と信頼』

    第23回 『ナチュラルサポートって何?』

  第22回 『環境で変わる子どもたち』

  第21回 『あたりまえ』ってなんだろう? Part2

 

※くさなぎ井戸端会の座談会では個人の情報も発生するため、サイトに内容のすべてを掲載することはして

   おりません。 また、「参加者の声」は掲載可の方のみご紹介しています。

 

第27回 H22. 2.25  『見守るということ』

 

 あなたは今までに「見守られている」と感じた経験はありますか?

  「見守る」とはどういうことでしょう?

  みなさんのお話を聴いてみましょう。

 

 * 小さい頃から母に見守られていると思って育った。

   「宿題があるの?じゃあ一緒にやろうか」とは言われたが、「宿題をやりなさい」と言われたことはない。

   一方的ではなく、子どもからの働きかけに応じてくれた。声掛けでやる気を出させてくれた。

 

 * 子どもが葛藤しているときに(やらなくてはいけないけど、やりたくない)親が口出しすると、

   子どもが怒ってしまう。怒り始めると反応が大きくなり、落ち着くまでに時間が掛かるので、

   見守らざるを得ない。

 

 * 子どもが幼稚園のときは、その子の可能性や成長に目を向けられず、まるでマネジャーが自分の

   役目だと思い込んでいた。今は子どもの成長が見えてきたので、ガミガミ言わずに少しは見守ること

   が出来るようになってきた。

 

 * 中学校の制服を放置している子どもに対し、「邪魔だから片づけたら?」と声を掛けるが、

    私が片付けることはしない。親がやらなければ子どもは自分でやるようになる。

 

 * 子どもの問題を親の問題にしないように、見守る努力をしている最中。

    見守っていると子どもが自分でやろうとする心がけが見えてきた。

 

 話し合いをしていくうちに、どうやら「見守る」というのは「ただ黙って何も言わずにみていること」では

  ないことがわかってきました。子どもが自分でやるのを待つことも大事ではありますが、時には声掛け

  をしたほうが良い場合もあります。

 

例えば・・・

 

1)勉強中に集中出来ずに遊び始める

→「何か音が聞こえるよ!何してるかな?」と

 声掛をして気付かせる。

2)なかなか取りかかれない時

→「まずは何をやる?」と具体的に本人が出来るように提示していく。

3)「ここまではやって欲しいんだけどね」と親の期待をうまく伝える。

4)見通しがつくように、やることを書き出していく。

 

 また「見守る」時には、子どもには自分で出来る力があると信じる気持ちを持つことが必要です。

  子どもの出来る力を見極めて、声を掛けるタイミングや言い方を工夫していきましょう。

 

 参加者の声

 

子育ては、信頼⇔不安を行ったり来たりしてもいいんだ、と思ってほっとしました。不安という時期があっても当たり前。不安を信頼に変えて、母である私も育っていきたいです。

見守ることは、ただ黙ることではなく有効であれば、声かけも必要。子どもを信じて工夫して子育てしたいです。

 

自分の中で見守る、という考え方が変わった会となりました。保護者の方々によっても、考えの違いがあり、今日の会があって本当に良かったのでは、と思いました。

「見守る」「自主性に任せる」という言葉は、一見とてもよい言葉です。しかし、言葉の本当の意味を理解していなかったら、「見守る」ということが、ただの「放置」になってしまうのだろう、とも思います。父・母・保護者皆さんの共通の理解が必要だと思いました。

たくさんの学びをありがとうございました。とても楽しかったです。

 

見守ることは、子どもが気づけるように、行動できるような声かけ、あえて何も言わないこと、なのかなと思いました。

 

 「見守る」とはどういうことか、口を出さずにただ黙って見ているだけではない、ということに気付くことが出来ました。これから試行錯誤しながら、子どもを見守っていきたいと思います。

 

クラスの中にも30人30色、兄弟でも3人3色。それぞれの個性(特性)を見つけ出して、その子なりの支援策を探るのは大変なことだなーと思いました。

でも、「見守る≒言いたいことをガマンする」ということを改めて考えさせられました。

井戸端会へ来ると、帰宅した子どもへの対応が変わります。ありがとうございます。

 

 少しずつ(スモールステップ)一つずつ長い目で見ていかなくちゃなぁーと思います。

私の短気を少しずつ治していくことでもあるので、一緒に成長していかなくては!

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第26回 H22.1. 14  『思わぬ行動』

 

信号を守らない車や自転車、大声で叫ぶ子供、見守るだけの親・・・

  思わぬ行動を見たり、予期せぬ反応をされた時に、あなたはどの様に感じますか?

  なぜその様に感じるのでしょうか。話し合ってみました。

 

 どんなことがありましたか? 

 *毎朝子どもを自転車に乗せて通園する時に、信号を守らない車や自転車をよく見かけます。

   学生や子供たちは信号を守らない大人を、どの様に見ているのだろうか・・・。

 

 *特別支援学校(旧養護学校)が近所に開設されることになり、「今度バカな学校ができるんだよね」と

   言う大人がいました。障害について知らない環境がそう思わせているのでしょうけれど・・・。

 

 *回転寿司屋に行った時、お寿司が厨房に入る直前に「あー!それとって〜!!」と店内中に聞こえる

   くらいの大声で叫んだ子どもがいました。慌てて母親が皿を取ったが、食べようともしない。

   叫んだ理由は、目に付いた物を取って欲しかっただけだったようです。

 

 *電車に乗っている時に、居合わせた子どもに寝ているところを起こされて話しかけられました。

   その子の車内での立ち振る舞いから、軽度発達障害を持つ子どもであろうとわかったのですが、

   だからと言って何をしても許されるわけではないと思います。何も言わずにその子を見守るだけの親

   に対して、少し腹が立ちました。

 

このような、いくつかの話についてあなたはどう考えますか?

  立場が違えば見方や考え方、感じ方も様々である事がわかります。

  また価値観が多様化している現代では、常識が常識と捉えられない時もありますね。

 

 そして状況や事情を知らないことが「思わぬこと」「予期せぬこと」と感じさせていることもあります。

 

 自閉症である子どもと、地域の学校での交流会が3年目にしてようやく、上手く交流できるように

   なった。触れ合うことでお互いの学びとなり、以前は「この子バカだよね」と言ってきた子どもが、

   交流会の朝には家まで迎えに来てくれて、一緒に登校するようになった。

 

   この様に、お互いを知ることで見方が変わり、その子を取り巻く環境が良くなっていきます。

 

 *特別支援学校に職員として勤め始めた頃、道ですれ違いざまにつばを吐きかけられたことがあった。

   (おそらく、その学校の卒業生である)その子に対して理解を示して、何も言えなかった。

  今思えば、普通の感覚で普通の対応をすればよかったのかも・・・。

 

  思わぬ行動を取られ、その時は理解を示して受け入れたが、果たしてそれで良かったのか?

  その子に対してどういう声をかけられたか?

 

  電車の中の話では、この場合、親は電車内は子どもに公共の場でのマナーを学ぶ機会として考え、

  子どもが大人に迷惑をかけたら親が謝り、「寝ている人を起こして話しかけてはいけない」などと

  その場で教えていくことが大切です。そして起こされた本人も注意できる世の中でありたいと思います。

 

 参加者の声

 

知らないことは、思いがけず他人を傷つけることもあるという事と、知ることがとても大切だなということが改めて分かりました。知ろう、理解しようという気持ちも大切だなと思いました。知ることで、世の中の視点が全く変わってくると思いました。

 

久しぶりに参加させて頂きました。やはり、この井戸端会ような雰囲気を時々味わわなければ、自分の考えが固まりすぎてしまうなと感じました。

 

今日のテーマは子どもの思わぬ行動でしたが、私が引っかかったのは「親の謝るタイミング」です。まずその場面・場面で「謝るべきか」とか、「子どもにどう伝えるべきか」とか今まで気になっていたけど、人に聞けなかったことが聞けてよかったです。今日もスッキリした気分で帰れます。

 

思わぬ行動」に対して、子どもに考えさせて、「どうしたらよいのか」までできたらいいと思いました。そのような行動を放置すると、それが子どもにとって「肯定」されてしまうので。大人自身も日頃の生活に気をつけて、見本となる行動をしないと真似して、子どものモラルが下がると思います。ありがとうございました。

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第25回 H21.11. 26  『子どもの興味、こだわり』

 

今回のテーマは日常の中にある『興味、こだわり』

 同じ事柄から、子供と親とでは、どんな点に興味やこだわりを持っているのでしょうか。

 いろいろと出してもらいながらディスカッションを進めました。

 

 *子供の頃の自分。兄と共に夢中になっていたのはプラレール。

    親・・・コースを変えて動かすことに、何が違うのかわからない。

    子・・・自分と兄との自由な時間と空間を与えてくれてとても満足。

 

 *幼稚園の息子。プラレールを寝転んで見ている。

    親・・・姿勢が悪くなるから、心配。

    子・・・迫力がある!列車が迫り来る快感!!

 

 宿題の途中に歌を歌いながらジャンプしたり踊ったりしている子供。

    親・・・何してるんだろう?とイライラ。余裕があれば口を挟まずにいられるが。

    子・・・息抜き。そのペースを楽しんでいる。

  

 *お買い物ごっこで、レジスターにこだわりを持っている。

   おこづかいの中からレジスターで使うものをいろいろ買ってくる。(領収書や印など)

    親・・・あまりにこだわるので、だんだん付き合いきれなくなってきた。

        いろいろ買い集めることに対して「もったいない。」

    子・・・「お母さんには無駄でも、わたしにとっては必要なのよ。」

        それで遊ぶために、宿題も早く終わらせることができている。

 

  *やるべきことをやる前に怪傑ゾロリを読みたがる子供。お風呂上りに裸のまま読むことも。

     親・・・「・・・。」だが、三度の飯より好きなことがあるのだなあ・・。

 

  *自分の好きな漫画を親に読んで聞かせる子供。一字一句読んでくれる。

    ご飯の時もお風呂も全てその話に費やしてくる。

     親・・・かなり辛い。他の話もしたい。くだらないと感じるから、「そろそろやめな」と言ってしまう。

         自分だけで楽しんでほしい。

     子・・・「おもしろいんだよ!読んであげるよ!!」このおもしろさをわかってほしい。

 

  *目玉焼きを、どんなに遅く起きても朝自分で作りたい子供。硬さや美しさにもこだわっていた。

    思うようにできないとパニックになる。

     親・・・学校に遅れてしまうことが気になり、毎朝イライラ。

     子・・・どうしてもやらないと気がすまない。

            そこで・・・

     親・・・自分でやらせて、遅くなって気まずい思いを子供が感じなければ・・と腹をくくった。

        今思えば、不安の裏返しだったのかもしれない。

     子・・・今は、日曜日など自然に作れるようになった。

 

  *昔は違ったが、今、気がつくと1時間位金魚を見つめている時がある自分・・・。

  *家事の途中で新聞を見たりピアノを弾いたりして気付くと一時間くらいあっという間に過ぎてしまい、

    洗濯物が乾かないこともある。子供が帰ってくるまでに、つじつまを合わせたりする。

  

   

 現実に切り替われるのが成長です。切り替えのテクニックが必要で、自分で切り替えができ

るとオッケーですね。『戻ってこれない3年生』、『戻ってこれる5年生』、『つじつまを合わせる

ことができる大人』・・・。

 発達障害の場合、切り替えが難しいことが多いです。日常生活に支障をきたすほどのこだわ

りもありますが、本人が自分の中に折り合いをつけて、崩していくしかありません。ダウン症の

子供たちと関わってみると、こだわりに付き合う方がゴールは近いことがわかります。満たされ

るから次へ行けるのかもしれません。

 教室の中では調和が大切で、こだわりをもつ子供たちがわがままに見えることがあります。

そのこだわりを建設的(現状をよりよくしていこうと積極的な態度でのぞむこと)に認めていけ

たら、やがて排除の心がなくなり、子供たちも調和を目指して大成長できるのではないでしょうか・・・。

 

 

 参加者の声(いつもご覧いただきありがとうございます。今回はあなた様の声をお載せください)

 

 

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第24回 H21.10. 22  『子どもへの心配と信頼』

 

 日頃、みなさんは、お子さんに対してどのようなことを心配していますか?

  お話しを聞いてみました。

 

  子どもの友人関係。小学校に入り、友達との付き合い方も変わってきました。

    意思がはっきりしてきた分、友達との対立が多くなるのではないかと心配です。

    子供同士の関係に、親がどこまで介入してよいのかも悩みます。

    見守る反面、子供の遊びに口を挟みたくなってしまう。

 

  *子どもの本音。親には自分の都合の良い事しか言わないですから。

    学校での出来事を話されても心配になってしまう。

    帰宅時に機嫌が悪いと、昔と違って子供なりにストレスがあるのではないかと心配になります。

 

  *子どもが時々頭痛や腹痛などを訴えて、登校出来ない時があります。

  *学校から帰ってきても、家で一人でゲームばかりしているんです。

    友達との事で悩んでいる様子はないのですが。

  *子どもが反抗的になってきました。

  *子どもの暴力的な言動について不安な時があった。

 

 

 では、心配とはどんなものだと思いますか?

  「変化に伴って、不安がある時に抱くもの」

  「わからないからそう感じてしまう」

  「子どもの能力を低く見ている。取り越し苦労なのでは?」   など、意見があがりました。

 

  さらに、次の言葉の意味を考えてみましょう。

 

心配

   

1)どうなるかと思って気にかけること、気掛かり

2)心くばり

 

信頼

 

1)信じて頼りにすること 

    (見返りを求めずに信じること)

信用

 

1)信じて疑わないこと

2)人々から信じられていること

   

   みなさんの生活の中で、これらの言葉はどのように関わっているでしょうか。

 

心配し過ぎて失敗したこと

  ・幼稚園で鼓笛隊の発表があり、上手く出来ないわが子に対して、みんなと一緒に出来る

   ようになって欲しいと思い、心配していました。家でも練習をさせていたら、チック症状が

     出てしまいました。結局、本番では何とかこなしていたようです。

    親は他の子と同じ事を同じ様に出来ることを求めなくて良いんだと反省しました。

 

    ・子供の様子がわからないから心配になります。自分がもともと心配性なんです。

    愛情からくる心配とも言えるが、自分が心配がゆえに、ずっと子供に尋問していたと思う。

 

心配→信頼へと変わったとき

  ・心配をする事は悪いことではないけれど、心配をしている間は何も変わらないし、良くもな

   らない。その時にやれる事は何かと考えてやってみるようにしたら、子どもが良い方向へ

     と変わっていったので、大丈夫だと思えるようになりました。

    ある程度子どもを信じる気持ちも必要だと思う。

 

   ・子供の特徴(自閉症)に対して正しい知識を得ることによって、見守ることができるように

     なった。

 

  ・子供の成果を求めるのではなく、存在そのものを認めることが大事だと知り、自分も少し

     ずつ変わってきた。ほかの子と比べてしまう自分がいたが、うちはうちでいいじゃんと思え

     るようになってから、子供が変わってきた。

 

 

 心配とは親の心の持ち方や物事の捉え方次第で、信頼へと変わるものであるのです。 

  心配をする時には、親が安定(安心)した気持ちで心を配るとよいですね。

 

 子育てには心配をしつつ信頼をしていく、このふたつのバランスが大事です。

 

 

 参加者の声(今回は教育学部学生の方々のご意見をご紹介します)

 

教師はついつい期待しすぎて、みんな出来ないといけないと思ってしまいます。それでは、いけないなぁと思いました。保護者の心配をたくさん聞けてよかったです。見守ることも大切だと学びました。ありがとうございました。

 

保護者の方と教育について、深くお話させていただき、毎回大変勉強になります。「心配」をするばかりでなく、「信頼」していける教師になりたいと思います。

 

保護者の方々が、どのようなことを心配しているということを知ることが出来て、大変勉強になりました。教育について熱心に語られ、心配しすぎることは、ダメということを知れて良かったです。心配ではなく、信頼を重ね、信頼される教師になりたいと思いました。ありがとうございました。

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第23回 H21. 9 24  『ナチュラルサポートって何?』

 

 「ナチュラルサポート」という言葉は、NPO法人えじそんくらぶ代表の高山恵子先生が使い始めた言葉

  で”相手の気持ちを考え、何を必要としているかを感じてサポートすること”を意味します。

 

  参加者のみなさんに「ナチュラルサポート」という言葉について聞いてみました。

  「初めて聞く言葉で見当もつかないけど・・・押し付けがましくないってこと?」

  「自然に出た行動?(乗り物の席や道を譲る、落し物を見たら声をかけるなど)」

  「昔は祖父母や近所の人が助けてくれていたこと。自然に何気なく接してくれること。」

  「改めて考えると、自分は色んな人に助けられていると思うので、気が付かない感じがナチュラル

   サポートなのかもしれない。」

など、様々な意見があがりました。

 

 では、軽度発達障害を持つ子の親として、ナチュラルサポートの話を聞いてみました。

 

みかんを見るだけでも気持ちが悪くなるわが子。バーベキューで集合写真を撮る際、みか

  んを食べている子がいたのですが、みんなと一緒に写真撮影が出来るようにわが子の隣

  で肩に手を置き、一緒にいてくれた人がいました。出来上がった写真を見て、手を貸してく

  れていたのだと気が付きました。その人は困っているわが子を見て、何かを感じ取って、

   その子のために何が出来るかを考えてサポートしてくれたのだと、とてもうれしかった。

 

給食の時間のこと。りんごが入った食缶が床に落ちました。

   ある子が給食当番ではないのにドレッシングをかけるという当番の仕事をやりたいと申し

   出て断られ、それ腹を立て、手にしていたドレッシングを投げつけました。「その際にりんご

   の食缶が落ちた!」と周りの子供達は思ったようですが、実際には「お友達が投げたドレッ

   シングを取ってくれようとした際に台が動いてしまい、その隙間にりんごの食缶がすべって

   落ちた」のです。

   先生がクラス全体の問題として、事情を説明して、みんなで気にかけてくれました。その子

   のやった行為(ドレッシングを投げた事)はいけないけれど(状況を正しく先生に伝えてくれ

   たお友達がいて、先生も、こういう理由だったと丁寧にみんなに話をしてくれました。

   その子を責めずにりんごを洗ってくれた女の子も、先生の接し方も全てナチュラルサポート

  だったと思います。 

 問題が起きた時に行動が止まってしまう子に対して、周りが色んな手を差し出

  してくれますが、全てに手を差し伸べるのではなく、やりすぎずに見守ることも

   大切なサポートだと思いますね。 

 

自分がLDだと大人になってから気づいた人。メモが取れない、文章を読んでも意味がわ

   からない。自分はこれが苦手なので、このようなやり方でやらせて欲しいと言えばよかった。



 「サポート」というと、する側の事を考えてしまいがちですが、される側について

  も考えていきたいと思います。サポートをされる人は、その時その場に合った

  サポートを受けないと、自立や経験をする機会がなくなり、結局はその人の為

  にはならないのです。自分がどう感じているか、どうして欲しいかを伝える

  (説明する)ことも大切です。 

 

 

 毎日の子育てにおいても、親が口や手を出し過ぎていることが多くはないでしょうか。

「ヘルプ」と「サポート」の違いを理解し、子どもの気持ちを考え、時には見守ることも必要です。

 

 「サポート」をする人もされる人も、相手がどうされたいかを考える事や、自分がどうして欲しいかを伝える

  事が出来る関係性があってこそ、「ナチュラルサポート」がうまれていくのではないでしょうか。

 

 

 参加者の声

 

ナチュラルサポート、奥が深いと思います。ヘルプしすぎると、おせっかい、子どもの経験、成長の目をつんでしまうので、相手の事を考えて、サポートをするということは、何にでも通じることだと思いました。

 

皆さんと意見交換させていただきありがとうございました。いろいろ悩みがあり、抱え込んでしまっていると心が疲れてしまうので、このような場で聞いてもらうことは大事だと思います。また参加させてください。

 

ナチュラルサポートについて、支えあったり、見守ったりとさりげないサポートを受けたり、サポートしたり・・・と、人と人の隙間に入れる関係が大切でありがたいと思いました。

 

今日始めて参加させていただきました。毎日繰返しの様な生活の中で、このような会で、自分を見つめなおすことが出来る気がして参加しました。皆さんの話を参考にしつつ、自分なりに子どもや家族と接することが出来たらいいなと思いました。 

 

写真に上手く入れないお子さんの話を聞いて、うちも同じと思いました。子育ては待つことだと聞いて、考えさせられました。今は悩みが多くて、行き詰っていたので、話を皆さんに聞いてもらって、励ましの言葉を頂いて、うれしかったです。次回は子どもが成長したと、子どもを認めてあげられたことを話せるようにしたいです。自分自身が感動が多い一ヶ月を過ごして、次回参加したいと思います。

 

今日は突然参加させて頂きありがとうございました。皆さんが積極的に発言されるので、とても勉強になりました。私達の活動は、まだまだ小さな集まりで、障害を持った子どもの親が中心で、くさなぎ井戸端会さんのように、地域の子育ての中のお母さんや、学校の友達のお母さん方が興味を持って参加してもらえるような活動になっていくように、これから「てくてく」頑張っていきたいと思っています。

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第22回 H21. 7. 2  『環境で変わる子どもたち』

 

 手のかかる子、やんちゃな子、勉強ができない子、変わった子・・・

  そんな子は昔はたくさんいたわよ。 なのに障害だと決め付けるのはどうかしら?

  ‘個性が強い’くらいで済まないものなの?・・・」

  このような考えをお持ちの方は少なくありません。

 

 発達障害なのかそうではないのか、その区分けは難しいことは、これまでの井戸端会でも

    学習してきました。 大切なのは、苦手さに対して具体的な手立てをどうするか・・・

  それを明確にするために診断があると考えてみたら、 それは、差別や区別ではなく、

    人として尊重されるべき権利と言えないでしょうか・・・。

 

 具体的な手立てのひとつに、「環境を変える」ということがあります。 具体的に環境を変えることで子ども

  に変化が見えてきた事例を紹介します。

 

A君は、もともとIQから判断すると、 普通学級ギリギリの力を持ち合わせている子供・・・

  学年が上がるにつれて、勉強がよくわからずどうせここにいても仕方がない"という気持ち

  が強くなって行き、”わからない・嫌だ”と感じると、当たり前のように教室を出て行くことが

   多くなりました。 親は子供がこのような気持ちと現状の中で、毎日の学校生活を送ること

   に疑問を感じ、子供とも話し合いました。その結果、本人が選択した特別支援学級に転入

   することになりました。

 

*  特別支援学級で実際にA君が受けている支援、指導

 


【がんばったらシール】
 
毎日の予定をスケジュール表として示し、がんばったらシールを貼ることで、

   視覚的にがんばった自分を振り返ることができるようになった。

 

【先生の理解】

 ”わからないからやりたくない”と投げ出す子供に対し、それを子供の問題とせ

   ずにやり方を変えてくれる先生。さらにクラスの子供たち全員共通の隠された困

   難、ととらえて関わって下さり、”わからないから嫌だ!”の心の奥には”わかるよ

   うになりたい!”があることを感じ 、”教室にいることができた”ことから認めて下

   さった。

 

【スモールステップ(少しずつ進む)】

 音楽のリコーダーの宿題も、課題の出し方を工夫してくださり、少しずつ吹ける

    フレーズが増えていった。同時に、クラスのみんなと合わせる楽しみを感じ、

    もっとやりたいと本人が感じることで、自分から練習し、がんばった。

 

 このように、小さな成功体験を毎日積み重ねていく環境に大きく変わったA君。

  転入することで、A君自身の 覚悟が決まっていたこと、単純に学年が上がることで得られてきた落ち着き

  先生方の支援などの条件が、 ちょうどうまく重なったのだと思いますが、これまでの「どうせやっても仕方

  がない」という無気力な状態から、 がんばることが心地よいと感じ始めています。

  どこの場所で学ぼうと、本人の自己肯定感が高まることが何よりです。

 

 参加者の声

 

大人、周りの関わり方でも子どもはどれだけでも変わっていく事(やる気・達成感など)が分かりました。特別支援教育とは無意識に教育していくもの、という言葉に感激を受けました。それは子どもだけではなく大人、人間関係にも必要なことだと思いました。

 

初めて来ましたが、皆さんの意見を聴かせていただいて、参考になりました。理解を深めるためには一つ一つの事実に触れる以外ないと思います。当事者の話、学校、行政などの実態について良く知りたいと思います。

 

今日の話の中で手帳のこと、情緒学級の事などがでましたが、親が是非入れて欲しいと思っても、そこにはIQという境界線をひかれてしまい、結局何も出来ないこともあるのも事実なので、通常学級に通うことしか出来ないのが我が家の今の状況でもあります。もっともっと行政に柔軟な対応をしてもらわないと・・・とすごーく感じました。

 

特別支援教育の事について、今まで漠然としか感じていなかったものが、だんだんと理解できるようになってきた気がします。私がそういう問題を抱えている人たちに出来ることは何だろうと思うのですが、なかなか答えが見つかりません。ただ、日常生活の中で、彼らを理解しようと前向きに思いながら接する気持ちを大事にして関わっていこうと思います。

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第21回 H21. 5.28    『あたりまえってなんだろう?』Part2             

 

   前回に引き続き、『あたりまえ』についてみなさんで考えてみました。

 

  自分にとって『あたりまえだと思うこと』や、『あたりまえにしている行動』にどんなことがありますか?

 

  *結婚して、夫の実家に帰省することがあたりまえと思われているので、負担に感じる。

  *一人暮らしを始めたら、炊事、洗濯、買い物などをするのがあたりまえになった。(大学生)

  *実母と家事の片付け方のあたりまえが違うので、些細なトラブルがよく起こる。

 

  私たちが日頃『あたりまえ』と思うことは、今までの経験や知識に基づいた自分自身の基準にすぎないもの、

  人それぞれに違うもの、ということがわかりました。

 

  次に「発達障害を持つ子どもたちのあたりまえ」についてのエピソードも見てみましょう。

 

  *授業中にトイレに行った際、すぐに教室に戻らなかった(トイレが汚れていたので掃除をしていた)

  *クラブ活動選びで第1希望の欄にやりたいものを書くべき所を、第2希望の欄に書いた

    (目に入った順番に書いていったらそうなった)

  *部屋の中に人がいても、外から鍵をかけてしまった(鍵を触るのが好きで、そこにあったから)

  *耳鼻科の診察時にいきなり靴下を脱いで足を見せた。先生にはふざけているようにとられ、親子共々叱られた

    (前日に皮膚科で足のイボを診てもらったので、どうしても見せたかったようだ)

 

  このようなエピソードについて、話し合いました。

  *行動そのものだけを見るのではなく、「なぜこのような行動をするのか?」という視点で考えていくと、

    その子なりの理由があるので、理解できることもある。

  *経験を積み重ねることで、その場に適した言動がとれるようになるのではないか?

  

 お互いの『あたりまえ』を相手に押し付けるのではなく、具体的にわかるように説明をしたり、言葉を添えることで、

   トラブルを避けることができるのではないでしょうか。成功事例があります。

                               

  *去年の運動会で遊具に【遊ばない】の札があるにも関わらず、ジャングルジムに登っていた。

     (本人いわく、遊んでいなくて、高いところから座って競技を見ていただけ)

     今年は遊具の札が【入りません】となっていたので、入らなかった。

  *廊下は走らないだと小走りをしてしまうので、廊下は歩きましょうに変えてもらった。

  *興味をそそる物は、目に付かないようにしてもらう。

  *1回言ってわからない時は、言い方を変えたり、わかるまで言い続ける。

 

 これらの工夫は、発達障害がある、ないに関わらず、全ての子どもにとってわかりやすく、 有効なサポートであると

 思われます。 『あたりまえ』という視点を持ってしまうと、相手を理解するのは難しくなります。

 「どうしてそうするのか?」と興味を持ち、理解しようという気持ちを持ってみてはいかがでしょうか。

 

 参加者の声

 

社会が求めている当たり前って何だろうかと考えさせられました。学生という立場だと理想ばかりを述べてしまいますが、実際に学校に行った時、親になった時、今もっている想いを実践できるよう頑張ります。(教育学部学生)

 

「普通に」って一体何なのでしょうか?どこの誰が決めてどんな価値があるのでしょうか?人は誰でも変なところを持っている。変って言われてもいいじゃないか。いつも私が心の中で刻んでいることです。

 

人の数だけ、当たり前の数があると思いました。誰もが、その当たり前に悪気を持っているのではなく、自分が正しい・良いことだと思っているからだと感じました。様々なことに関して、寛容になり、理解し合うことが大事ですね。ありがとうございました。

 

日々の私のイラだちは、私の当たり前基準で評価しているため為のものだったと気づきました。今日からはもっと気持ちよくすごせると思います。

 

「あたりまえPART2」当たり前が当たり前でない発達障害の子達にとっては、理解をしてもらうためにとてもよかったと思います。当たり前が多すぎて、とても生活しにくいことばかりなので、みんなにちょっと視点を変えてみてもらえるだけで、楽になることってたくさんあるんですよね。でも、それは、発達障害の子達だけでなく、全ての人が自分らしく生きていけることにつながるなーと感じました。

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